2016/06/20

母の看取り~決断

9157f4aa75d683a3f7db3b18c73b4dda_s田舎暮らし・アラフォーの田井安奈です。

ここ半月ほど、ブログの更新ができませんでした。

理由は、実の母が亡くなったためです。年齢的には申し分ないですが、やはり寂しいものですね。

数年前に義理の父の介護の時は、最後を病院で迎えました。車で1時間程かかる病院へ私と義理の姉と交代で通いながらも、義父が息を引き取るとき長男の嫁である私じゃなくて、実の娘である姉が傍にいれて本当に良かったと思いました。(長男の嫁だからこそ、ここまでの気遣いも当然なんです)

今回は、姉と私で母の看取り~その後について数回に分けて書いていきます。

ひとり暮らしの母の晩年

母が私を出産したのは、今で言うなら高齢出産の年齢・・・私は末っ子で一番上の姉とは一回り以上離れています。だから、「鶴の一声」的存在である姉の命令で私が動きます。(長女の姉は、まるでしっかり者の親みたいな存在)

私の父は70代で亡くなり、母はその後自分の身の回りができる間は一人暮らしでした。

身体が不自由で、ホームヘルパーさんに来てもらっても自力での生活が困難になり、やがて老人ホームでお世話になるように。数か所を転々として、2年前に私達の住んでいる近くの「地域密着型特別養護老人ホーム」へ入所しました。職員の皆さんにお世話をしてもらいながら穏やかな日々を過ごしていましたが、身体の機能の衰えと共に認知も少しづつ進んでいき、私が娘だと理解できなこと度々起こりました。親がそんな風になるのが信じたくない!と思いながら面会に行っても、会話がチグハグになることが。

老人が発症しやすい誤嚥性肺炎(食べ物がうまく呑み込めず誤って器官に入る)を起こした時は、緊急入院をして点滴などの治療で持ち直し、再び老人ホームへ帰ることができました。元々食べることが好きな母は、職員さん達の努力のおかげで徐々に食事もできるまでに回復し喜んでいました。

老人ホームから緊急の電話

私と姉は、母もあと数年は大丈夫かなぁ~と、言いながら過ごしていた時の事、老人ホームから電話がありました。

「安奈さん、お母さんの食欲が減ってきて高熱が出ています、至急来てください」

と・・・駆けつけてみると、39度の高熱の割には元気そうな母の姿が・・・

でも、額に手を当てれば熱さを感じ普通ではないことが(私の心臓はバクバク)。

姉も少し遅れて到着し、次第に慌ただしくなっていき・・・かかりつけのお医者様も来てもらい、

「肺の機能の衰えと年齢的な問題で万が一のことも覚悟してください」

「病院での治療を望むか~ゆっくりと終末を迎えるか」どちらかを選ばないといけません。

最後の決断

総合病院へ緊急入院するか?この部屋で静かな終末期間を過ごすか?緊急に決めないといけません。それほど切羽詰まった状態だったのです。

姉とじゅうぶん話しあった結果、母には人間らしく自然な最後を送ってもらうことを望みました。もちろん一日でも長く生きていてほしいですが、意識もはっきりせずチューブだらけの状態で、長々と続けるのはどうか?ってことなんです。

70代ならそれも選択肢になっていたと思いますが・・・・。何度も入退院を繰り返し、辛い経験をしてきたことを考えれば、もう十分かと。

とても重大な決断をした夜でした。

母の看取り~終末期

田井安奈

著者:田井安奈

アラフォー主婦で田舎暮らしの田井安奈です。 美肌は日頃の積み重ねに気づき美容に関すること・日々の生活のこと・テレビの感想などを書いていきます。

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